Tuesday 10 July 2012

"Better Together"キャンペーン始動

前回のエントリからだいぶ時間が空いてしまいましたが……

この間、まず大きな動きとしては、スコットランド独立反対派による"Better Together"キャンペーンが6月25日に始動したことが挙げられます。キャンペーンを主導するのは労働党ブラウン政権下で財務大臣を務めたアリスター・ダーリングですが、同じく独立反対の保守党と自由民主党からの支持を得ており、超党派の最大の反独立キャンペーンとなっています。

左から労働党ジョアン・ラモント、ダーリング、保守党ルース・デビッドソン、自民党ウィリー・レニー
Copyright © 2012 Herald Scotland
キャンペーンの立ち上げ演説で、ダーリング元大臣は「もし私たちが連合王国を離れることを決めたら、後戻りはできない」「行き先のわからないような片道切符を子供たちに与えることはできない」と述べ、連合王国下のスコットランドは独立スコットランドよりも経済的に安定することを示唆しました。

独立派の「イエス」キャンペーンがハリウッド俳優や詩人、ミュージシャンを呼んで華やかなイベントであったことに比べると、"Better Together"キャンペーンはそういった演出は一切なく、非常に控え目なキャンペーン立ち上げだったことが印象に残ります。いっぽう、キャンペーンのウェブサイトでは、合同維持派の一般スコットランド人のインタビュービデオが数多く掲載され、運動を担うのはあくまでも一般スコットランド人である、というキャンペーンの姿勢が看てとれます。

Be Positive

「イエス」キャンペーンとは異なり、これといって特に具体的なターゲットのないキャンペーンであるため、評価をすることがとても難しいのですが、キャンペーン全体では合同維持のポジティブな側面を強調し、「イエス」キャンペーンと対抗することを狙いとしているようです。合同維持派はかつて独立のネガティヴな側面を強調してきたのですが、それが投票者の不安を煽る"scaremongering"であると批判を浴びてきました。合同維持派がこうしたネガティブな議論を大きく転換させたのが3月のキャメロン首相のエディンバラでの演説からであり、"Better Together"キャンペーンもこのポジティブ路線を踏襲していると言ってよいでしょう。


「第三の道」?


キャンペーン立ち上げ後、とうぜんのことながら独立派からは批判がでていますが、その中でも大きなものは"Better Together"キャンペーンが具体的な権限移譲のビジョンを提示できていないというものです。以前からこのブログで取り上げているように、独立をめぐる住民投票では、独立だけではなく、スコットランドが連合王国に残りつつも更なる権限を付与される権限移譲プラスorマックスも選択肢になるのではないかと議論されています。ところがこうした権限移譲のオプションは、シンクタンクやメディアから出されたものであり、英政府や保守党、労働党からは、独立でも現状維持でもない「第三の道」としての更なる権限移譲の具体的な案は提示されていません。"Better Together"キャンペーンはこうした「第三の道」を提示することを目標としておらず、誰の責任で提示されるのかも不明なままです。

最新の世論調査では、独立への支持が30%、合同維持への支持が50%というデータが出て、国民の意見は合同維持に傾きつつありますが、いっぽうでスコットランドと連合王国の権限に関しては、現状維持への支持は29%、さらなる権限移譲への支持が37%となっています。現状維持、さらなる権限移譲、独立という3つの選択肢で考えた場合、さらなる権限移譲がもっとも高い支持を得ているということになります。独立支持派と合同維持派がともに大規模なキャンペーンを立ち上げましたが、現状でありうる3つの選択肢のうちの2つ――さらなる権限移譲と独立――の具体的な様相はいまだに見えておらず、今後の世論の動きとともに、両陣営がどのタイミングで一歩踏み出し、具体的なビジョンを呈示するのでしょうか。

Monday 28 May 2012

「イエス」キャンペーン始動

5月25日、先週の金曜になりますが、スコットランド独立を目指した「イエス」キャンペーンが始動し、その記念式典がエディンバラのCineworldという(うちの近所の)シネマコンプレックスで開かれました。

Copyright © 2012 Reuter

・「史上最大の草の根運動」

「イエス」キャンペーンは、2014年に開催を予定されている住民投票に向けて立ち上げられたもので、SNPだけではなく独立に賛成している緑の党、そして政治家だけではなく俳優や詩人、ミュージシャンなど、さまざまな分野で活躍する著名人も加わった大規模な運動です。スコットランド史上最大の草の根活動、という謳い文句を持っています。サモンド首相も式典の演説で強調したように、主役は政治家ではなく一般のスコットランド人であり、こうした政治的なイベントとしては珍しく映画館を選んだのも、映画館は一般の人たちが集う場所であり、この運動の一般人が主役であるという狙いと特徴を表すためだと説明されています。運動を主導しているのがSNPなのは言うまでもありませんが、式典には緑の党の党首パトリック・ハーヴィ、元BBC Scotlandの報道ディレクターブレア・ジェンキンス、ハリウッド俳優のアラン・カミングブライアン・コックス、ケン・ローチ監督のSweet Sixteenで主役の16才少年リアムを熱演したマーティン・コムストンなどが集い、またSNP支持で有名なショーン・コネリーのメッセージも寄せられました(主要な著名人の賛同者はこちら)。

・100万人のイエス

このキャンペーンの最大の目標は、2014年の住民投票までに100万の「イエス宣言」署名を集めることです。サモンド首相によれば、この目標が達成されれば、スコットランド独立は実現するとされています。スコットランドの人口は520万人ほどなので、もしこの目標が達成されれば、住民投票で独立賛成が50%を上回る確率はかなり高くなると言っていいでしょう。

イエス宣言に最初の署名をするサモンド首相
Copyright © 2012 BBC

・時期尚早?

メディアで挙げられたいくつかの懐疑的な反応には、「キャンペーン開始の時期が早すぎる」、「独立にイエスと言うが、独立は何を意味するのか?」といったものがありました。開始の時期が早いという批判についてはたしかに一理ありますが、住民投票までの2年半という期間をどのように使うのか、SNPの戦略に注目と言ったところでしょうか。現時点では、独立をめぐる論争にはふたつの見解があると見ていいと思います。ひとつは、独立が何を意味するのか、何をもたらすのか、また独立しない場合にどういったオプションがありうるのか、といった議論が出尽くしておらず、国民が熟慮の上で選択をするにはまだ時間が必要だ、という見解です。もうひとつは、すでに人々は独立反対か賛成かは決めており、これ以上時間をかける必要なない、という見解です。前者の立場は独立賛成派、後者は反対派に多くみられると言ってよいかもしれません。

世論調査によると、現状では独立賛成派が約3割、反対派が約5割と、SNPにとって逆風の状況が続いていると言っていいでしょう(先週公表された調査によると、独立賛成派は33%、反対派は57%となっています)。SNPとしては住民投票までに残された時間をうまく活用し、なんとか風向きを変えたいところです。「イエス」キャンペーンはその戦略のひとつですが、このキャンペーンを通じてSNPがどのように世論を動かそうとするのでしょうか。いっぽう独立反対派は、来月中にも「合同維持キャンペーン」を開始するとされており、両陣営の住民投票に向けた政治活動がいよいよ本格化してきたと言えそうです。

Thursday 10 May 2012

ミスか偏向か

5月3日のスコットランド地方選挙の結果についてですが、先日の記事で数字が大きく間違っていたので訂正します。 前回は獲得議席数と増減を以下のように示しましたが、


これはBBCの選挙速報に基づいた数字でした。しかし発表直後からこの数字の問題点が指摘され始めました。問題とは、イギリスでは通常、議席の増減は、当該の選挙とその前回の選挙の2つの選挙の結果を比較して算出するのですが、このBBCの議席増減は、2つの選挙結果の比較ではなく、現職議員と今回当選した議員との比較で算出していました

何が問題なのでしょうか? たとえば、ある政党が選挙で100議席を獲得し、4年後の選挙で議席を60に減らしたとします。その場合議席は40減となるのですが、もし4年のあいだに離党したり個人的事情などで辞職した議員が20人いて、選挙時には現職が80だとすると、選挙結果との差は40減ではなく20減になります。この2つの結果でどちらがより民意を反映していると言えるでしょうか。4年間の間の離党や辞職は選挙とは関係ないので、民意は反映されておらず、2つの選挙の結果のみを比べた40減の方が、より民主主義を反映した結果と言えるでしょう。現職との比較の場合、民意の変化の大きさが過小評価され、選挙結果の持つメッセージが正しく伝わらない可能性があります。今回BBCが採用した算出方法がこの方法だったわけです。

いっぽう、イギリスの慣例に従った2つの選挙の比較でみてみると、議席の増減は以下のようになります。


BBCの結果では労働党が僅差でSNPを上回ったのですが、見ての通りSNPが61増、労働党が46増と、SNPの躍進がより際立ちます。それだけではなく、自民党と保守党の議席減も大きくなり、特に自民党は100に近い議席を失うなど、危機的な結果であったことがわかります。

・ミス? 偏向?

まずこのサイトでBBCをソースにした数字のみを紹介したことについて謝りたいと思います。申し訳ありませんでした。じっさい今回のBBCの算出方法はふつうではなく、スコットランドの他のテレビ局(Scottish Television、通称STV)や一般のコメンテーターなどは慣例どおりの議席増減の算出方法をしています。BBCは他の選挙では慣例通りの算出方法をしていますし、BBCには政治部門のアナリストがいますので、単なるミスであったことは考えづらいでしょう。

BBCは選挙結果が判明した直後、サモンド首相にインタヴューを行いました。そのなかでサモンド首相は「SNPが最多の議席を獲得し、議席が増加した分も最大だった」とコメントをしたのですが、BBCは「サモンド首相、SNPの議席増は他の党よりも多かったと発言」とタイトルをつけたビデオクリップをアップロードしました(クリップのタイトルは今では変えられています)。BBCによる算出方法ではSNPの議席増は57、労働党が58なので、BBCの結果しか見ていない人がこのビデオを見た場合、「サモンドは何を言っているんだ? SNPの選挙結果を誇張しているのか?」という印象を抱きかねません。

「サモンド首相、(SNPの)議席増は最大と発言」とタイトルを打ったクリップ

BBCが慣例に従わない算出方法をしたのはなぜだったのでしょう。単なる気まぐれか、ミスか、あるいは意図的に数字を操作し、SNP勝利の印象を薄めたかったのでしょうか? じっさい、SNP支持者のあいだではそのように受け止められていますし、そうした疑念が生じるのも無理はありません。いっぽうBBCは公式声明を出しておらず、サイトでの選挙結果も変えていないので、真相は不明のままです。

Saturday 5 May 2012

ツイッターはじめました。

ツイッターを実験的に始めてみました。
https://twitter.com/#!/dokuritsujijo

うまくいくかどうか様子を見てみましょう。

Friday 4 May 2012

2012年スコットランド地方選挙

エディンバラの投票所の様子

5月3日にスコットランド地方選挙が行われました。全国にある32の地方議会の1200を超える議席が争われました。前回の地方選挙は2007年に行われ、以下のような結果が出ていました。


SNP、労働党、自由民主党、保守党の4大政党が得票・議席の80%以上を占め、ひとつの党による多数派形成が難しい状況を作り出していました。

・2007年からの変化

この2007年の地方選挙から5年が経ち、英政府は労働党政権から保守党と自由民主党による連立政権に代わり、スコットランド政府はSNPの少数政権からSNPの単独多数派政権になりました。今回は国政ではなく地方選挙なので、主要な争点は各都市各地方の個別的な問題になります(たとえばエディンバラではトラム(路面電車)をめぐる市議会の迷走、グラスゴウでは多数派を形成する労働党市議会議員のあいつぐスキャンダル、自由民主党と保守党が多数派のアバディーンでは新市庁舎をめぐるお金の問題など)。

またこうした地方独自の争点に影響を与えるのが国政レベルの政治動向です。まずイギリス全体でみると、連立内閣への批判が高まってきており、保守党と自民党は議席を大きく減らすことが予想されていました。イングランドでは保守党と自民党への批判票はまるまる労働党がいただくことになるのですが、スコットランドではそれをSNPと労働党で取り合うことになります。じつはSNPと労働党は経済・社会福祉政策的にはほとんど変わりはないので、SNPと労働党の争点はいうまでもなく独立問題になるわけです。SNPとしては、この地方選挙で労働党を大きく上回り、独立を問う住民投票に向けて弾みをつけたいところです。労働党としては、保守党と自民党の支持層は反独立ですから、その票が流れるのはSNPではなく労働党であることが期待できるので、SNPを出し抜いて地方選挙の第一党に躍り出たいところです。

はたして、2012年の地方選挙の結果は以下のようになりました。


見ての通り、自由民主党が80減と大きく議席を減らし、また保守党も16減と、英政権への批判をもろに受ける形になりました。それを奪い合ったのがSNPと労働党でしたが、前者が57増、後者が58増と、ほぼ互角。どちらとも成功・勝利に値すると言えますが、会心の勝利、と言うわけにはいきませんでした。

細かく見ていくと、相次ぐスキャンダルで労働党への支持が落ち込んでいたグラスゴウ市議会では、SNPが総力を結集して選挙に臨んだと言われていますが、労働党がSNPの挑戦を退け、多数派を維持しました。グラスゴウとその周辺はもともと労働党への支持が非常に強く、労働党からすると、この地域を失うことは党の存在の基軸が揺らぐほどのダメージになります。いっぽうSNPからすると、グラスゴウを取ることで労働党にたいする完全な優位を示すことができるので、なんとかして労働党支配を切り崩したかったのですが、今回は労働党がふんばった模様です。

いっぽうSNPはもともと労働党の影響力が強かったダンディー市で多数派を形成し、またダンディー郊外のアンガスでも勝利を収め、地方議会ではじめて多数派を形成することに成功しました。SNPはいまでこそスコットランド議会で多数派を形成していますが、2003年の地方議会選挙の時には獲得議席数は180あまりで、当時500を超える議席数を誇った労働党の対抗勢力にはなりえませんでした。国政レベルでも地方政治レベルでも、SNPが多数派を形成できるようになったのはここ最近の出来事なのです。

・二大政党制へ拍車?

この10年のスコットランド政治をかんたんにまとめると、労働党の影響力低下とSNPの躍進、となるでしょう。地方選挙の結果にもそれは顕著に表れています。

保守党の影響力も年々弱まってきているいっぽう、自民党は存在感を維持することが課題となってきています。自民党は、英議会レベルでは労働党と保守党の二大政党制を切り崩す第三党として力をつけてきましたが、政策的に大きく異なる保守党と連立内閣を組んだことにより、そのアイデンティティを失い、支持層が離れてしまいました。保守党の支持がスコットランドで伸びることは今後まずないことを考えると、自民党の存在感低下により、スコットランド政治がSNPと労働党による二大政党制に向かいつつある可能性を、今回の地方選挙は示唆したと言えるでしょう。

しかし話はそう単純ではなく、上の選挙結果の表でも見たように、全国で32ある地方議会のうち、ひとつの政党が単独多数を形成するのはわずかに9議会にすぎません。残りの23の地方議会では、政党同士の連立で多数派を形成しているのです。こうした現状を生んでいるのは、多数派形成を難しくするスコットランドの選挙システムなのですが、これについてはまた後で解説することにしましょう。

Thursday 3 May 2012

スコットランド法(2012)成立

スコットランド法(2012)の表紙

2010年に英議会に提出され、庶民院と貴族院それぞれを通過していたスコットランド法案(Scotland Bill)が、エリザベス2世の裁可を得、スコットランド法(2012)として成立しました。

・コールマン委員会とスコットランド法

スコットランド法案はもともと、スコットランドの権限委譲(Devolution)の現状を調査し把握するために2007年に設立された委員会、通称コールマン委員会の詳細な報告を元に作成されました。コールマン委員会は、2009年の最終報告において、権限委譲を肯定的に評価し、スコットランド議会はスコットランドの政治生活の中心として確固たる地位を得た、と分析しました。いっぽう、スコットランド議会のアカウンタビリティ、特に歳入面での責任に欠けるとし、英政府はさらなる財政権限をスコットランド議会に与えるべきだ、と結論付けました。

具体的にいうと、スコットランド政府に歳入面での権限はなく、英政府から付与される補助金が財源なのですが、スコットランド法案は以下の変化(主要なもの)を盛り込みました。

  • スコットランド政府はスコットランドの所得税の半分を歳入とする
  • スコットランド政府はスコットランドの土地税・埋め立て地税・印紙税を歳入とする
  • 英政府からスコットランド政府への補助金の額を減少する
  • スコットランド政府は速度規制・飲酒運転規制・エアガン規制等について、スコットランド独自の規制が可能になる

これらの変化が実際に起こるのは早くても2015年くらいだろうと言われています。

・変化の早さ

このスコットランド法は、昨今の独立をめぐる議論の中で、あまり注目を浴びてきませんでした。前回のエントリでまとめた完全な独立と、それについてのオプションである権限委譲プラス、あるいはマックスに比べると、やはり地味というか、注目を浴びてないのは無理のないことかもしれません。権限委譲プラスは北海油田の地理的シェア、マックスは収益のすべてをスコットランド政府に与えることを考えると、スコットランド法は限りなく現状維持に近いといえます。この法案のもとになったコールマン委員会報告が作られた2009年には、北海油田での収入をめぐる議論はここまで具体的ではありませんでしたから、スコットランド法が地味に見えるということ自体が、この3年間の変化の大きさを示唆しています。この独立問題をめぐる状況の変化をもたらしたのは、2011年5月の選挙でのSNPの大勝であるとみてよいでしょう。

ちなみに今日(5月3日)はこちらでは市議会選挙の日なのですが、この結果が独立問題をめぐる状況に影響を与えることも必至といえます。開票は明日なので、結果が出てからその分析をしてみましょう。

Tuesday 6 March 2012

プラス?マックス?

キャメロン首相の独立問題をめぐる発言からほぼ2か月がたち、スコットランドの将来がどのような形になりうるのか、だいたいのオプションが見えてきました。サモンド首相およびSNPはスコットランドの独立を目指しています。キャメロン首相はじめ保守党、労働党、自由民主党(Lib-Dem)は独立に反対しています。

独立反対派には、スコットランドと連合王国の関係をどのように保つのかについて意見の違い、つまり現状をそのまま維持するのか、さらなる権限移譲を目指すのかについての違いがあります。伝統的に権限移譲を推し進めてきたのは労働党で、保守党は以前は権限移譲反対でしたが、キャメロン首相のスピーチに示されたように、ここにきて権限移譲に前向きな姿勢を示し始めました。とはいえ、反対派の中ではまだコンセンサスはとれていないようです。さらに、SNPもさらなる権限移譲については反対というわけではなく、独立をめぐる住民投票でさらなる権限移譲を問うことについて今のところはオープンな姿勢を保っています。現状維持でもなく独立でもない、独立反対派と賛成派の両方から支持を集めるさらなる権限移譲が、スコットランド独立問題の第三の選択肢として活発に議論されてきているのです。

・権限移譲のオプション

権限移譲をどのように推進するのかについては、スコットランドのシンクタンクなどが積極的に発言をしており、現状では「権限移譲プラス(devolution plus = devo-plus)」と「権限移譲マックス(maximum devolution = devo-max)」が提示されています。基本的には権限移譲とは、連合王国の枠組みを維持することを前提としたうえでの財政権限の問題であり、現状はどの程度、英政府がスコットランド政府に財政権限を拡大して与えるか、が焦点となっています。現状維持、権限移譲プラス、権限移譲マックス、スコットランド独立の財政権限を簡単に比較すると、以下のようになります。



・スコットランド法案

現在スコットランド政府は、財政関連の権限を全く持たず、歳入・歳出ともにロンドンの英政府に依存しています。また軍事・外交についても同様です。これは1997-9年に時の労働党政府主導でスコットランドに権限移譲がなされたときの取り決めで、現在も変わっていません。しかし権限移譲から10年たった2007年に、権限移譲の現状を検討するためにコールマン委員会と呼ばれる委員会が設置され、その報告をもとに2010年英政府が「スコットランド法案」を提出し、現在法案が英議会で審議されています。スコットランド法案は、基本的にはスコットランド政府の財政権限拡大を推進する方針で、所得税の半分と公債の発行権などを与えることが法案には盛り込まれています。

・権限移譲マックス

権限移譲マックスとは、昨年5月にスコットランド議会の選挙でSNPが大勝し、スコットランド独立を問う住民投票が現実味を帯びてきてから、メディアで使われるようになった言葉です。正確な時期はわからないのですが、だいたい2010年の10月くらいには広まっていたように記憶しています。スコットランド独立には反対でも、権限移譲には賛成する労働党や自由民主党周辺から出てきたオプションでした。言葉の通り権限移譲を最大限まで推し進めるもので、外交と軍事を除くすべての権限をスコットランド政府に与えるというものです。

・権限移譲プラス

権限移譲プラスは、権限移譲マックスと現状維持のほぼ中間に位置する考えで、スコットランドのシンクタンク「リフォーム・スコットランド」が中心になって推進してきているオプションです。このオプションでは、スコットランド政府は、所得税と法人税および北海油田の地理的シェア(約80-90%)など、スコットランド法案よりも多くの財政権限を与えられることになっています。権限移譲プラスはここ数週間で多くの支持を集めており、SNPも住民投票に権限移譲の問いを入れることになった場合には、権限移譲プラスを採用することに積極的です。

・権限移譲か独立か

現状、特にキャメロン首相の2月16日のスピーチ以降は、英政府がさらなる権限移譲にむけた交換条件を呈示したため、権限移譲がどのように行われるのか、にメディアの関心は集中しているようです。権限移譲プラス、マックスを含めて様々な議論が交わされてきており、このエントリでまとめたように、それぞれのオプションが具体的に提示されてきています。こうした権限移譲に対する関心の高まりの中、「スコットランド独立が何を意味するのか」の議論が後景に退いた観があります。

「独立後のスコットランドはどのような国になるのか?」という問いは、1月に独立をめぐる議論が本格化して以来、サモンド首相が具体的な説明を求められていた課題でした。サモンド首相とSNPは、独立反対派からの独立後の軍事や経済についての具体性を求めた追及に対して、やや押されていた観がありましたが、ここにきて議論の中心が権限移譲に移ったことで、風向きが変わってきています。この変化がサモンド首相に有利に働くのか、それともキャンベル首相の後押しをするのか、まだ判断を下すことは難しそうです。